パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

シュークリームの約束

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年始明けの仕事は怒涛の日々だった。

目が回るくらい忙しくて、何が何だかわからないまま毎日とにかく必死で、もう自分が自分じゃないみたいだった。暇すぎる年末年始休暇との落差に心身ともに疲弊して、毎日気を失うように眠った。朝が来ても完全に疲れが取れることはなく、毎朝ゾンビみたいな面構えで出社した。誰がどう見ても繁忙期であった。金曜日の出勤中に例の発作がきてしまって、トリガーは過労とストレスであることは明らかだった。とても電車に乗り続けることはできなくなって、2回途中下車して遅刻してしまった。罪悪感と情けなさで泣けて仕方がなかった。後輩にも見られて本当に恥ずかしかったけど、見かねた上司に打ち明けられたのは少しの進歩だったと思う。身近な人間が知ってくれているだけでも心持ちは全く違う。今年こそ、どうにか克服できるようにしたい。

利害関係のない無責任な人間が、無理は良くないなんてもっともらしく言うけれど、自分がその「無理」の上限を心得ていない場合どうしたらいいんだろう。分かりやすく不調が出て初めて自分が辛かったことを知る、みたいなことが余りにも多い。もう社会人6年目ともなるのに、一向に上手く器用に生きられない。それも自分らしさか、この先もこんな自分と付き合っていかなくちゃいけないらしい。疲れがピークに達していて、あまり人に優しく接することができなかったことをずっと内省している。余裕があって、どんな時でも揺るがない精神力を身につけていきたいのに、そこだけちっとも変わってくれない。見てくればかり古びていく一方で、自分の感情の舵さえマトモに切れないなんて、そんな大人にだけは絶対になりたくなかった。今からでも軌道修正はできるものだろうか。

金曜日に同期と落ち合って、年明け初めてのカラオケへ行った。一週間の疲れと心の垢がスルスルと抜け落ちていく感じ。歌は聞いても、弾いても、歌っても健やかな気分になれて素晴らしい娯楽だと思う。お互い全く異なるジャンルで音楽を愛していて、いい意味で無干渉であるさまを「異文化交流」と呼んでいる。同期の前で曝け出す自分は最もありのままで、不格好だけど、それがとても心地いい。くだらない話で素面なのにバカみたいに笑って、終電で解散した。同期はいつまで経ってもとてもありがたい存在なのに、どんどん少なくなっていくのはやっぱり寂しくて、別の選択をした同期のことを思って感傷的にもなる夜だった。

結局毎日残業をしても時間が足りず、はじめて休日にまで仕事を持ち込む始末で、土曜日の午前から16時頃まで血眼で終わらせた。お疲れ様でした。

週の半ばに動画で流れてきたクリームたっぷりのシュークリームをみて、今週末はぜったいにシュークリームを食べるって決めていた。彼に買いに行こうと約束をして、連れて行ってもらう。私が気分で口走るどうでもいい小さな約束を、これまでひとつ残らず叶えてきてくれた。暖冬で忘れかけていた冬の寒さを思い出すほど凍てつく土曜日、わたしのシートヒーターだけを暖めてくれる仕草はまず間違いなく愛だった。

目当ての大きなシュークリームをふたつと、クッキーを買い込んだ足でそのまま回転寿司へ行く。いつもよりも皿の数が多くて、心ゆくままお腹いっぱいに食べた。中トロが100円で、穴子の一本握りははんぶんこした。溜め込んでいた録画のドラマを消化しながら、口いっぱいに頬張るシュークリームでいとも簡単に幸せになった私は、角が取れて本来のおだやかな自分を思い出す。スイーツはこうあるべきだ。

無色透明な平日を取り戻すために、週末を彩って生きる。