パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

ディジュリドゥを吹いてみたい

その人はいつもおかしな話をしてくる人だった。

ある時は猛烈に釣りに没頭していると言い出したかと思えばありとあらゆる釣竿を、様々な種類のリールを、またそれぞれの魚に合わせたエサなどをそろえて、川に海に向かい何時間も何時間も魚と対峙したという。私は釣りをしたことが無いので、さっぱり魅力が分からなかった。またある時は、魚のさばき方に没頭していると言って刺身と寿司の場合とでは魚の捌き方がまるで違うのだと熱弁された。私は食べることのほうが好きなので、さっぱり魅力が分からなかった。またある時は包丁に没頭していると言って、おすすめの出刃包丁と、自宅で手軽に出来る研ぎ方を教わった。私は、包丁なんて切れたらそれで良いと思っていたのでさっぱり魅力が分からなかった。

その人は会うたび何かに没頭し続けていて、飽きたらすぐさまやめてしまう。没頭するたびに買い揃えた数々のアイテムたちはもうほとんどがガラクタになってしまったと笑っていた。私はその人のことが、とてもうらやましいと思う。何かを試したいと思っていても、時間や気力を理由にあれやこれやと言い訳を並べて結局してやらないことがほとんどで、そういう変化を求めないことも含めて大人になることだと思っていたからだ。その人は、何かに没頭するたびに目を輝かせながら、まるで少年みたいに生き生きとした顔でその新しい趣味についての話を持ち寄ってきた。

わたしたちは3ヶ月ほど全く連絡を取らない期間があって、季節が移り変わる頃にふと連絡が来て会うことが多く、そのたびに違う何かを追いかけているので、いつも別の人間と会っているような気分にさえなるのだった。多趣味はお金がかかるよと謙遜を見せたりもしていたけれど、わたしはその人にうっかり影響されてしまって弾けない15万円のギターを買ったりもした。その人が17歳の頃にアフリカンパーカッションのジャンベと、オーストラリアの民族楽器のディジュリドゥにも没頭していたことがある話も聞いていた。元から、人と同じものにはハマりたく無いという性分でいるらしく、ハマるものもどこか周りの一般的な人間と少しズレていてそれがなんだか可笑しかった。そのあとYouTubeでそれらの界隈で有名なアーティストの動画をいくつか見せてくれたけど、ジャンベにもディジュリドゥにも馴染みのない私には、やっぱり魅力が分からなかった。

会うたびにこの人は自分の人生を楽しむ天才だと感心してしまう。わたしはその人が興味を抱いているもののほとんどは共感できないものばかりだったけれど、自分の世界を今よりもっと広げるために、つまらない大人にならないために、その人みたいに生きてみたくてたまらないのだ。またきっと、季節が移り変わる頃連絡が来る気がする。次会う時は、どんな顔で、どんな話を聞かせてくれるだろう。