パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

あの頃のヒロイン席

わざわざ人に話すようなことでもないんだけど、わざわざ人に話すようなことでもないからここに書くんだけど、どうしても言いたいことがあって、高校三年生のときわたしは主人公の席にいた。

主人公の席とはつまり、教室の窓際の一番後ろの席のこと。普通なら、半期に一度の席替えがあるはずなんだけど高校三年生のときは担任がめんどくさがって、1年間ずっとそのままだった。外から聴こえてくる体育の授業の声とか、風になびくカーテンとか、冬の午後にポカポカになる机とかそういうのぜんぶ宝物みたいで、あの頃の自分にとってすごく特別だった。私は今、主人公の席に座っているっていう確かな自覚があった。

退屈な授業中、私は勉強なんて真剣にやったことなかったからふつうにサボってた。机の下に忍ばせたiPhoneは先生に一度も見つからなかったし、ブレザーの袖にまだあの時は有線だったイヤフォンを通して、頬杖つくふりしてずっと音楽聞いたりしてた。でもやっぱり全然バレなくて、ほんとうに都合の良い席だった。前の席には今でも仲の良い友達がいて、周りは騒がしい男の子たちがいて、私が少女漫画の主人公だったとしたら、その中の一人だか二人だかと恋仲になることだって不思議ではなかったのだった。まあ色恋沙汰に関していえば、それらしいものにはならなかったけど、とにかくあの席が大好きだったことを、今日短いスカートで街を歩く女子高生のこと見て思い出した。

もう二度と見られない景色だと知っていたなら、あの席から見た昼過ぎの校庭とか、退屈な授業風景とか、ちゃんと写真に収めておけばよかったなと思う。そして一度くらい没収されて、それも思い出にしておけばよかったなとか思う。人の写真はよく撮るけど、案外風景って写真に収める瞬間は少ないかもしれない。それは今もそうで、たぶん今の会社を辞めた途端に、思い出せなくなる風景もあるんだろうな。もう戻らないけど、確かにあの頃わたしは主人公席に座るうら若きヒロインであることに違いなかったのだ。あれは紛うことなき青春だったのだ。