パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

ナナちゃんのこと

ナナちゃんのことをたまに思い出す。ナナちゃんは高校一年生の頃おんなじクラスで、私とは席がずいぶん離れてて、入学してしばらくはお話しする機会はなかった。ナナちゃんは小顔で高身長で手足も長くて、名前の通り小松菜奈によく似てた。ある日、ナナちゃんが音楽雑誌を学校に持ち寄って休み時間に読んでいたのを見つけて感激した私が、おずおずと話しかけたことがきっかけで仲良くなった。ナナちゃんはその頃、3ピースバンドのandymoriが好きで、そしてチェッカーズが大好きだった。2012年頃、女の子たちは目新しいiPhone片手に友達と写真をいっぱい撮ってデコログっていうサイトに日記を上げることが流行っていたんだけど、ナナちゃんはそんなものに一切興味がないといったそぶりで、どちらかといえば物静かな女の子たちと一緒に本を読んでいることが多かった。私は前者の女の子たちがいるグループと一緒にいることも多かったから、音楽以外の会話という会話は特にしてなかった。あと、女の子のあいだでは透明で厚手のクリアファイルに雑誌の切り抜きを挟み込んで下敷きにするのも流行ってて、私は好きなバンドの切り抜きをたくさん挟み込んで授業中眺めるのにしっかりハマってた。それはナナちゃんもおんなじように、チェッカーズとバンドの切り抜きがたくさん入った下敷きを持っていた。私はナナちゃんと音楽のお話をすることが大好きだった。ナナちゃんを通してまた知らない音楽に出会えることが嬉しかった。好きな音楽がおんなじってその頃は結構珍しくて、周りでは空前のAKBブームが巻き起こってたからマイナーなインディーズバンドの話を心置きなく話せる数少ない女の子だった。私が初めてライブハウスに行ったのも、ナナちゃんとだった。たしか、今池UPSETだった。はじめてのライブハウスはやっぱり少し怖くって、二人で身を寄せ合いながら恐る恐るドリンクチケットでミネラルウォーターを買った。耳がおかしくなってしまう可能性もあるからって、ライブが始まる前に二人で耳栓も買った。準備万端で挑んだけど、やっぱり周りは大人ばっかりで、後ろの方で控えめに眺めてたんだっけ。はじめて全身で感じる音楽に感動したのもその時だった。それからナナちゃんとは、たまに音楽の話をするようになったんだけど、高校2年生でクラスが離れてからは、お互いの存在について気にかけることも無くなってしまった。大学生になった頃、わたしはフェスに行くようになった。不思議なことに、そこで度々ナナちゃんと会えた。本当になんの巡り合わせか、約束もしてないのにナナちゃんと遭遇できた。ナナちゃんも変わらず音楽が好きなこと、とても大人しくてナナちゃんの口から愛だの恋だのについて聴いたことがなかったから、ナナちゃんが男の子とフェスに来てるなんて可愛くて、嬉しくて、会うたびにまた会ったねーなんて少し話して、それからすぐお互いの目当てのバンドへ向かうために別れていった。それからもう何年経ったんだろう。コロナが流行し始めて、フェスもライブも行きづらくなってしまった。ましてや今はマスクのまま入場が義務付けられていて、コールアンドレスポンスも憚られてしまう。昔みたいにナナちゃんのことを見つけられなくなってしまった。ナナちゃんの連絡先はあの頃から実はずっと知らないまま。SNSもやらない子だろうからインターネットを探してもきっと見つからない。今でもナナちゃんは変わらず音楽が好きだろうか。今でもライブに行ったりするんだろうか。ふとこうして、ナナちゃんの近況を知りたくなる日がある。お元気ですか?私は元気です。