パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

秋雨前線を抜けたあと

今日を境に、秋が来た。日差しがやわらかく、時折吹く心地よい風を感じながら、泣き腫らした目にいつも通りの化粧を施して、久しぶりにひとりで映画館へ行った。そんな余裕のある、連休中日に決意して本当によかった。

最後の言葉はありがとうございました、と決めていたのに、思いのほかうまく声が出せなくて、せっかく準備していた胸の内もうまく言葉にできなくて、伝えようと思っていたことの果たして何パーセントが伝えられたのかは、もう既に確かめることができないほど、7年間変わらずそばにいた人はたった数時間で、一番遠い他人となった。これまでもずっとそうだったように、私の下手くそな話をひとつも遮ることなく、最後まで聴いてくれるような優しいひとだった。

別れ際に情けをかけたり、優しさを見せたり、幸せを願ったりすることは、相手にとって長く辛い呪いになることを19歳の頃に身を以て経験していた。だからこそ、できる限りの非情さで、できる限りの冷酷さで、淡々と伝える予定だったけど、現実はそうドラマのようにうまくいくはずもなく、不格好に泣きじゃくりながら話すことしかできずにいて情けなかった。

日曜日だったから車内には相撲中継が流れていて、千秋楽の取り組みなんか一つも頭に入ってこないくせに、ふたりともテレビ画面に目線を向けていた。別れ話をしながら相撲中継を見ているカップルなんて、日本中探してもわたしたちくらいだったろうな。2024年秋場所は、行司を務める木村庄之助が現役最後の立ち会いで、大きな花束を受け取り笑顔で立ち去るシーンもあった。私と見る最後の相撲だ、と彼がつぶやいた瞬間に、あなたと付き合わなければ知ることも、好きになることもなかった物のあまりの多さに驚いて、泣けて仕方がなかった。

7年間、誰より好きだったことも、惰性で過ごしていたことも、真剣に未来を考えたことも、そのたび自信を無くしていたことも、別れを切り出すべきか悩んでいたことも、このまま一生あなたの優しさを享受し続けたいと願っていたことも、あなたと私が望む未来の違いに目を背けたことも、そんなもの乗り越えてみせると覚悟を持っていたことも、相反する本当の心同士がせめぎあいを続けながら過ごしてきたここ数ヶ月のことも、今となってみれば、何ひとつ嘘はなかったように思う。いつまでも不安定な天秤が、日ごと異なる傾きをするせいで、無責任な言葉を何度も伝えて、そのたびたくさん傷つけた。

いつまで経っても夕飯のお店が決められない優柔不断なあなたが、新しい物を嫌って冒険できない臆病なあなたが、この先の人生に関する重大な決心なんかできるはずないってことも私は知っていて、それに甘えたまま今と変わらない選択をしていれば、地続きにある変わらない未来を歩いていけるはずだった。でもそんな未来は、少しも望んでいなかった。何よりも、歩み寄るために必要な愛情をわたしは既に持ち合わせていなかったんだと思う。でもあなたが望んでいるなら、そうしてあげたかった。これもちゃんと本心だった。

今のところ、人生の4分の1を占める7年間はあまりにも大きくて、もっと早く答えを出せなかったものかと思う。反面、私たちが答えを出すために必要だった期間が、6年でも8年でもなく丁度7年間だった。ただそれだけのこと。

人間の本性は、別れ際に最も現れるという話を聞いたことがある。元気でね、早く歯医者に行くんだよ、タバコ吸いすぎないで、とか、随分と長い間身勝手に振る舞ってきた女に対しても、慈悲深く愛を向けられる人間であったことが最後によく分かって、それが嬉しくて、とても誇らしかった。私が7年間も一緒にいることを決めた男を見る目にひとつも狂いはなかった。

私から手を差し出して握手を交わし、それからもう二度と戻らなくてもいいように、目を見てさよならをした。乗り慣れた車の扉を閉めて、走り出すテールランプが点滅する様子を手を振って見届けた。これでよかった。

3年前の別れとおんなじように、しゃくりあげて泣きながら友達に事の顛末を聞いてもらった。3年前と確かに違うことは、ひどい喪失感のなかでも心の奥に一本の太くて丈夫な柱が立ったような実感がある。もう支えがなくても、一人で歩けるくらい強くなっていたことを初めて知った。別れを選ばなければ知ることのない強さだった。それは進む道を自分で選んで、自分で決めて、自分で責任を持って、自分で行動できたことからくる揺るぎない自信なんだと思う。自ら歩くと決めた道は、こんなにも広くて、歩きやすいものだったのか。

しばらくの間は、盛大に落ち込んでみるけどそのあとは、自分で歩くと決めた道を自由に散策して、たまに立ち止まって道端に咲く花を慈しんだり、寄り道を楽しんだり、田畑を耕したり、そうして、いつかまた大切にしたいと心から思える誰かを好きになったり、好きになられたりしたい。

きちんと向き合って、傷ついて、迷って、悩んで、戻って、進んで、20代のほとんど全てを捧げても後悔しないほど好きな人に出会えて、幸せだった。そんなことを思ったまま、終わりを迎えられてよかった。わたしの最もあたたかい感情を、長いあいだ引き出し続けてくれた大切な人と、その隣にいた幸せだった頃の自分を、できれば忘れないでいたい。

繋がりのなくなった後もそれぞれの暮らしは続いていくのであって、友情や愛情が過去形となってなお、幸せを願う。共にあった日々の愛おしさ、素敵な人生を。ありがとうございました。