パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

星に帰った不道徳ちゃんの話

f:id:rccp50z:20210827162443j:image

あなたとの夜を、何度想像しただろう。出会った頃には既に手に入らなくて、手に入れてはいけなくて、だからこそ欲しくて、でも決して多くを望んだりなんかしなかった。

だから、二人きりの時間を過ごそうとあなたから言ってきてくれたときはどうしたものかと、うろたえた。今までどれほど我慢してきたことか。好意を伝えたときもあったけど、ぜったい本気に思われたくなくて、おどけてみせて、でもずっとわたしはずっと、こうなりたかった。今日という日が早くきてほしいような、一生来ないでほしいような。身悶えるきもちで約束までの2週間を過ごしてきた。やっと見せてくれた二人のときにだけ見られるその表情だけで、天にも昇る思いがした。 寝たことが重要ではなくて、そういったきもちを、わたしと同じように抱いていたという事実がただ嬉しくてたまらなくて、最初から最後までうわのそらだった。毎分単位で、今、わたしは一年前に恋焦がれていたひとの腕の中にいることを実感して、噛み締めて、深く深く刻みこんだ。あつくてやわらかくて、だけどがっしりと強い男のからだをしていた。そう言えば会うたびにずっと、鍛えているんだって自慢気に話してた。

わたし、周りの女の子より身体つきが大きいことが自分の最もキライなところだったのに、抱きしめてくれたときに「想像より小さいんだね、こうして見なきゃわからなかった」って言われた。あなたが大きいからそう思うだけだろうけど、わたしにとってそれは最大限で、究極の、今まで経験したことがないほど特別な女の子扱いだった。わたしの体を優しく撫でる手があたたかくて触れた場所からどんどん熱が広がっていくような気がした。その手がわたしに触れていることがそもそも奇跡のような夢のようなことで、わたしはどうしてもこの喜びを一人きりで消化するにはしばらくの時間を要すると思って、なかなか家に帰れずにいて、それでいま送り届けてもらったその足でファミレスに向かって朝焼けのなかモーニングを食べてる。

だけどやっぱりどう考えたって、夢だったんじゃないかとおもう。夢だよって言われたとしてもそうでしたかハイわかりましたって納得してしまうくらい現実味がない。例え夢だったとしても、わたしはなんていい夢を見たんだろう。あなたの眼差しを独り占めして、あの時間だけはきっとわたしのもので、間違いなくわたしも、あなたのものだった。ぜったいに秘密の、わたしとあなただけの重大なかくしごと。一夜のうつくしい事件のことを、誰かに聞いて欲しくて仕方ないけれど、ぜったい誰にも話したくなんかない。そんなきもちは初めてで。こんなことがあったら、すぐにだれかに連絡してしまうはずなのに、この話を口にするたび思い出がどんどんすり減って遂には消えてしまうみたいにおもえて、きっとこの先誰にも話さない気がする。

想像よりずっと優しく触れる指先を、大きなあなたの体つきを、ずっとわたしだけのものにしたかったたくましい腕を、わたしの前だけで見せてくれたいつも通りの笑顔を、ホテルに至るまでの恥じらいを、ホテルを出た朝5時の空の明るみを、火照った体をほどよく冷ますまだすこし肌寒い春の朝焼けを、道沿いに咲く七分咲きの梅を、舞い上がるきもちを、行き場のない切なさを、わたしはきっと、今日からずっと、忘れることはないのでしょう。たとえ忘れたとしても、いつか薄れたとしても、春がくればいくらでも思い出せる気がする。そろそろ帰る時間です。さようなら、さようなら!不道徳ちゃん。