パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

椿町発展街⑤

 

モテるでしょう、顔を見て目を合わせるたび男の人は皆、そう言う。そんなことないですよ、わたしは謙遜を試みる。夜の仕事に従事するおんなのこたちは皆、自分の価値を知っている。それが年を取るたびに磨り減っていくものだということを知らない。価値のあるうちは下手に値が下がるようことじぶんから絶対にしないし、価値のわからない男には決して親切にしないだろう。

初めて会うお客様に与える第一印象ってすごく大切で、席に着いた時きちんと目を見て話せるか否かが場内指名を貰えるチャンスに繋がるのよね。ほら、人は7秒で印象が決まるって言うじゃない。いただきますってはにかみながらグラスを突き合わせば、コンマ1秒で相手は堕ちるの。わたしくらいになると堕ちた手応えは、目を見ればわかるわ。マリは焼き鳥と生ビールの中ジョッキを交互に口にしながらわたしに語り始める。

それから男の人はわたしをどうにかしてプライベートへ連れ出そうと口説きはじめるの。ぼくはこれだけお金を持っていて、こんな車に乗っていて、昔こんなことを成し遂げて、それから、それから。

話なんて半分も聞いていないけれど、すごいねさすがだねえって笑顔で相槌を繰り返せば簡単に喜んでくれるし、打ち解けたら連絡先だって教えてくれる。ここまでいけばあとは頻繁に連絡を取り合って、来店へ促すだけ。プライベートでは一切会わない。男って、バッカよねえ。

客の名前?まあ一応は聞いてあげるわ。よほど印象に残らない限りおぼえるなんて無理よ。おんなじ名前がいたら特徴も名前の後ろに書いたりして記録しておくけど例えばそうね「49歳 歯茎 色黒」とか。違う違う、悪口なんかじゃないって(笑)お客様の大切な情報なんだから。わたしに忘れられるよりはずっといいでしょう?

マリは大学時代に始めた夜の仕事からすっかり抜け出せなくなって、26歳になった今もなお続けている。若さを振りかざして闘えるのは20代前半までだなんて口が裂けても言えなかった、これからも言わない。マリはこの仕事がきっと、好きだから。「そういえばこの前きたお客さんなんだけど」わたしよりずっといろんな人間に会う機会が多いから出会ったお客さんの中で印象的な人がいれば話してくれる、中には常軌を逸した変人の話なんかもあるから、この言葉で始まる体験談はいつ聞いても面白い。ところが、マリは中ジョッキと食べかけの焼き鳥をそっと置いて話し出した。いつもと様子が違うようだった。

「好きになっちゃったみたい」 先週末にきた若い客に恋をしたと切り出してきた。職場の付き合いで仕方なくやってきた男は夜の店にきたのは初めてだといって、店での振る舞い方や、システムについて尋ねてきたのだという。武勇伝をひけらかすわけでもなければ口説いてもこない、ただただ世間話をして1セットで帰っていった。このエピソードのどこに彼女がその男に惚れるに至ったロマンスが散りばめられているのかといえば私にはまるで分からなかったけれど、確かにマリにとっては隣に着いたその瞬間から自分がその男に惹かれる音がしたのだという。彼にマリの笑顔は通用しなかった。なぜなら一度も目を合わすことがなかったからだ。