パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

椿町発展街③

 

椿町発展街①

椿町発展街②

好きな男の前でとことん従順になってしまう女なんて、この世の中に掃いて捨てるほどいるんだろう。そんな女どもの気が知れない。なのに、いつからだ、わたしも気がつけばそちら側の女だった。

ずっと伸ばしていた自慢の黒髪を鎖骨あたりまで切った。今まで一度も染めたことのないヴァージンヘアを、ミルクティーブラウンに染めた。それは決して指図されたわけでも、懇願されたわけでもなかった。ただ店で知り合った好きな男が、そういう女のほうが好みなんだと、わたしの部屋でテレビを観ている時、ワイドショーに出演しているグラビアアイドルを眺めながらぼそりと呟いた。それだけのことだった。

この髪型をどうやら私はとても気に入っている。鎖骨まで切ったことによる視覚的な変化はよっぽど大きかったのか、友人や客の反響は想像以上だった。美容院に行った翌日、話題の中心がじぶんに向けられる優越感は味わったことがない。はにかみながら当たり障りのない謙遜を並べて、慣れない褒めの言葉をありがたく胸に留めた。

「リラなんで髪切ったの?失恋?」出勤前の更衣室で、アザミだけはイヤな半笑いを浮かべながら執拗に理由を聞いてくる。見当違いも甚だしい。「別にそういうわけじゃないんだけど」無愛想に言い放ち、全く逆の理由であるなんてことは言わないでいた。なんせアザミは口が軽い。自分の身の上話もさることながら、他人の噂話も分け隔てなく人にべらべら話す。まあ、そこに悪意はないからどうにも憎めないんだけれど。

ただひとつ、一番に見てもらいたい人からの連絡は、あの日わたしの部屋を訪れた夜から一切来なくなった。自分からするのはなんだか気が引ける上に意地も邪魔して、一度もしていない。ひさしぶりに連絡が来たのはもう随分と髪の色も抜け落ちた、2カ月後の週末だった。

「リラ遊ぼうよ〜」なんて、この野郎、どのツラ下げて。バカバカしくて、携帯を放り投げベッドに突っ伏したも束の間、数時間後には入念に化粧を施して待ち合わせ場所で行儀よく待っているじぶんを、愛おしく思う。

「久しぶり〜あれ?髪型変えた?絶対前の方が似合ってたじゃん(笑)おれ、リラの長い黒髪すごい好きだったのになー。」

この世に掃いて捨てるほどいる「好きな男の前で従順になってしまう女」はきっと、幸せになれない。時間がかかるかもしれないけれど、もう一度髪を腰まで伸ばそう。黒髪に戻そう。

ここは椿町発展街、ほんの少し不器用で、不幸せな女の子たちの居場所。

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