パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

椿町発展街④

 

椿町発展街①

椿町発展街②

椿町発展街③

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先輩からの着信に気づく。それは二次会が解散して帰路につこうとしていた矢先の出来事だった。へべれけの先輩が言う「華木、まさかもう帰ろうとしてんのか?夜はまだこれからだろうが!」帰りたい、と真っ先に思ったけれど、入社2年目のぼくが大先輩の誘いを断れるはずもなく感情が声に表れてしまわないよう平静を装い、応える。

「どこへ向かえばいいですか?」
椿町だよ」
「えっと..もう一度お願いします。」
椿町発展街だよ!」

いつもの居酒屋じゃないのか。「わかりました、向かいます。」スマホのナビに言われた名前を語りかけると、店ではなく商店街の外れにある入り組んだ路地裏が表示された。どうやらほんとうに、街の名前のようだった。乗り込もうとしていたバスの停留所から繁華街まで続く大通りへと歩き出す。さすがにこの時間は、週末といえど人の数はまばらだった。ふたつ目の信号を右に曲がると見えてくるコンビニエンスストア、それを超えてさらに左に曲がると路地を示す大きなアーケードの入り口に突然出迎えられた。街の名前が記されたネオンの看板は所々黒ずんでいて、見るからに古い。二十数年はここに門を構えているんだろう。一番最後の「街」の文字だけが、虚しく点滅していた。

アーケードをくぐり抜けると、所狭しにスナックやバー、あるいは得体の知れない怪しげな店が軒を連ねている。一度先輩に連れられて風俗街に足を踏み入れたことがあるけれど、そこよりはもっとこう、ポップな感じ。至る所で千鳥足のサラリーマンが群れを成してお互いの肩を支えあいながら右往左往、騒ぎ歩いていた。先輩に再度電話をする。

椿町?つきましたけど、どこですか?」
「そのまま真っ直ぐだ、突き当たりに3階建てのピンク色のビルが見えてくるからそこの二階な、急げ馬鹿野郎!」と、半ば乱暴に通話を切られた。

酒癖の悪さは社内ダントツ。小さく舌打ちし急ぎ足で酔っ払いたちの脇をすり抜けて向かうと、周りの建物に比べてひときわ趣味の悪い、ピンク色の電飾が施されたビルを見つけた。二階に上がるとすぐに、曇りガラスで中の様子が全く見えない自動ドアが立ちはだかっていて、勢いよく開いた瞬間、いらっしゃいませ〜、と女性たちの気の抜けた甲高い声が店内に響き渡った。先輩は既に鼻の下を伸ばしながら電話での態度とは打って変わって、おーやっと来たか、とにこやかな表情でぼくに手を振った。既にぼくへの関心が消え失せたのか先輩は、両脇にいる若い女たちをそばまで手繰り寄せて、クダを巻いていた。こういったつまり、なんだ、キャバクラ?に来るのは初めてのことだった。フカフカのソファに相反する強張った体で周りの様子を伺っていたら、隣に華やかなドレスで着飾った女が笑顔で座って、おしぼりを差し出した。胸元にあるネームプレートを確認してみると、カタカナで「マリ」とある。

「初めまして、マリです。」

ソファに腰掛けるやいなや気がつくと内太ももに手が滑り込んできて、ぼくのパーソナルスペースなどお構いなしだった。仕事柄、普段まったく女性と関わりのないぼくにとって、マリと名乗る女から漂ってくるコロンの甘ったるい香りや、至近距離で向けられる真っ直ぐな眼差しに胸が高鳴ったのは言うまでもない。

これはぼくとマリが初めて出会った、長い長い夜の話。