パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

ボリューム満点激安ジャングルに欲しいものなんて何もない話

近所にドン・キホーテがある。深夜まで営業していて、仕事で遅くに帰っても、残り僅かな消耗品のことを急に思い出しても、買いに行ける便利さに日々感謝の気持ちでいっぱいだ。ドン・キホーテは何よりも薄利多売で安物が数多く品揃えられている。この町に越してきて初めて10個入りの卵を88円で買えたときは冗談かと疑いながらも2パック買った。思わず小躍りしながら帰った。安いのは食品だけではない。市内で一番おおきなドン・キホーテだから2階には日用品、美容関連、3階には電化製品までそろっていて、そのどれもが文字通り激安なのだ。そのドン・キホーテを除いては特に何もないこの町の人々にとってはまるで楽園のようなディスカウントストアで、店内を永遠に流れ続けるドン・キホーテのテーマソングにもあるようにボリューム満点激安ジャングルの名に恥じない。何もなかったわたしの1Kアパートの部屋にあるもののほとんどはこのドン・キホーテの代物であるわけだけど、わたしはそれが気に食わない。ドン・キホーテにいくとド派手なポップで端数価格効果を利用した178円だとか298円だとかにまんまと乗せられている自分に嫌気がさしてきた。深夜に訪れるとそこはスラム街と化し、悪い奴はだいたい友達そうな男と、悪い奴はだいたい友達そうな女とがカゴに商品を乱暴に詰め込んで横柄な態度で店員をいびる光景を、目の当たりにすることも少なくない。目を付けられると舌打ちでもお見舞いされてしまいそうな鋭い目つきでくたびれ果てた私に視線を向けるので買い物がしづらいという点がひとつ、そしてなにより安く手に入れたものを人は長く大切にできないことを痛感する。簡単に手放せてしまえるものにお金を払う価値はどこにあるだろう。心ときめく買い物を最近していないことに気づき、さらにドン・キホーテに対する嫌悪感は募る一方だった。ちなみにドンキ・ホーテは何も悪くない。それでもわたしは今日もドン・キホーテに行かなければトイレットペーパーも食材も柔軟剤も何もないのだ。売り場に陳列された商品たちはいつ見ても雑多に積み重ねられているだけで、陳列というよりも投げ売り状態だ。物には少なからず心が宿っているにちがいないと思っているので下品な商品棚を見るたび心が痛むのだった。来るたびに私の本当に欲しいものなんて実はここには何ひとつない気さえしてくる。私はドン・キホーテの巧妙な販売戦略のもとで買うことを強いられているだけなのではないか。そんな気もする。そうはいっても卵が88円で買えるのはここくらいしかないので私はこれからもこのボリューム満点激安ジャングルの奥地へと足を踏み入れていくのだろう。本当に欲しいものほど、簡単に手に入れられてしまっては困るのだ。f:id:rccp50z:20201112123557p:image