パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

きみのヒーロー③

きみのヒーロー①

きみのヒーロー②

毎日を健やかに過ごしていくことも、いくらお金や時間をつぎ込んでも惜しくないと思える生き甲斐があることも、信頼できる友人がたくさんいることも、なんだかんだものすごく将来に希望を持っていることも、なにひとつ悪いことなんかじゃない。だってわたしは、まだ生きているのだから。

叔母さんのもとから帰ってきたお母さんが明け方わたしの寝室を訪れてきつく抱き締めてきた。母親に抱きしめられるなんてのはいつぶりだったろう。そのときに強く思ったことがある。それは決意に近い、とても簡単なことだった。「このひとのために絶対わたしは先に死んじゃいけない」なにがあっても死んじゃいけないんだってたった3秒間抱き締められただけで、思った。どんな終わりであろうと、あれがあの子の運命であって、わたしの命はまだ続くのだと。わたしは命題を課せられた。罰ではなく、命題を。

わたしがこんなにも強いのは、ひとりでも十分に生きていける力がついているのは、今この時のためだったのかもしれない。小学四年生のときにお母さんに一度だけ 死にたい  と泣きながら訴えたことがあった。わたしの家は四階だから下手したら助かる高さだけど飛び降りようとしたことがあった。コンマ1秒で平手打ちが飛んできた。親に殴られたのは後にも先にもそれだけだった。もしかしたらあの瞬間があるのとないのとではまた人生は大きく変わっていた可能性がある。

笑顔の裏に、努力の陰に、強度や種類は違えども人はそれぞれ悲しみを抱えている。

救えなかったこんな身近な命のことを生涯忘れるはずがないけれど、いつまでも感傷に浸るほどわたしの毎日は退屈ではなくて。

会わない時間のほうが長かったぶん、立ち直りも早かった。あなたの諦めた人生をわたしがしっかり請け負った。わたしはわたしのためだけにわたしの人生を生きるけど、その重さは二人ぶんということにする。