パンチラ追って知らない街へ

すべて作り話です。

灯台下暮らし

この8畳1Kでの暮らしを初めて1か月と少し。随分とこの部屋も私のことを家主として認識し、受け入れ始めてくれているのではないかと思う。朝、カーテンを開けると南西向きにある窓から、満遍なく日差しが入る。洗濯物が乾きやすく西日が見られることを理由にこの部屋を契約した。

24年間住んだ実家の部屋は北向きで、日差しが入ることは一度だってなかった。昼間でもやけに薄暗く湿っぽい部屋に帰ることに嫌気がさして連日帰らない日も多くあった。(もちろん理由はそれだけではない)今の部屋は4階で、とりわけ景色が素晴らしいことはない。すぐそばにある電柱がなんならすごく邪魔なのだが、毎朝その南西向きの窓からしばらく景色を見つめたあと、深呼吸しながらわたしは住まいを自分で選択して、決断して、そして自分の収入ひとつでこの暮らしを守れていることを誇らしくおもうのだった。

夜、仕事を終えてそばにあるスーパーで適当に食材を買い込み帰宅すると、玄関から程近くにある洗面所から柔軟剤の香りが漂ってくる。実家では母の独断で、特売の安い柔軟剤が使われていたから、自分の好きな香りをまとって過ごせることはなんて気分が良いんだろう。今朝洗濯物を済ましておいてよかった。1Kの部屋のつくりは生活動線が単純で、面倒で後回しにしていたお風呂もいまでは真っ先に済ませてしまえる。実家では一切手を付けることがなかった炊事、洗濯、掃除。ことのほか苦痛なくこなせる自分の以外な一面に驚く。奮発して買った新品の家電製品はどれも自分が選んだ好きなものばかりだから、みな愛着をもって扱うことができるんだろう。連日酷暑が続いているうえ、疫病の流行も関係して外に出ることが憚られるため、一日中こうして文章を書いたり読んだりして過ごしている。

部屋を見渡すとついこの間まで一緒にいたひとに組み立ててもらった家具の多いこと、多いこと。これから新しく家具などを迎え入れるときは、いちから一人で組み立てていかなければならないんだな。こんなことになるのなら、最初から部屋に立ち入らないようにすべきだった。新しい部屋なのに、冷蔵庫の奥に洗濯機の中に机の下に面影を見つけてしまって仕方がない。これらもじきに消えていくのだろうか。

長い休みを利用して少しだけ実家に立ち寄った。相変わらず真昼間であっても薄暗く、全体的に湿度が高い。築40年はゆうに超えているからところどころに綻びもみえる。けれど、目を閉じていてもどこになにがあるのかが手に取るようにわかるし、思い出で埋め尽くされた自分の部屋の居心地の良さは、新品のそれとは肌馴染みが全く違うように感じられた。住んでいるときは全く気が付けなかった。手を放してみて少し離れた距離から眺めれば、こんなにもすぐにわかるのに。f:id:rccp50z:20201112123712j:image